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庭野仁司は、現在人気のお弁当屋さんを営んでいる経営者ですが、お弁当屋さんを始める前は普通の会社員でした。中学、高校とサッカー部に所属していた庭野は、将来、建築士になる夢を実現するため建築学科のある都内の大学に入学しました。

建築学科は他の学科よりも課題が多く、校外実習も多いため忙しい日々を過ごしていました。しかし、奨学金で入学しているため、それ以外の生活にかかる費用はアルバイトで賄う必要がありました。アルバイトは借りているアパートから近い居酒屋でしたが、自炊経験も多い庭野仁司は、厨房を任され、すぐに主力選手になりました。

庭野仁司の働いていた居酒屋は多国籍料理専門だったので、日本食や中華、イタリアンはもちろん、タイやベトナムなどの民族料理や、本場インドのカレーなどもありました。地元でも人気の店だったため、連日お客さんが大勢集まり、庭野の料理する品数も増えて行きました。

そんな中で、庭野の通う大学の文化祭がありました。庭野の所属してるダイビングサークルで飲食店を出品する事になり、その調理責任者に庭野が選ばれました。庭野は、店の人気メニューだったガラムチキンとナシゴレンのセットを、文化祭用にアレンジして提供しました。これは予想外に売れてしまい、初日は午前中で完売してしまいました。それから三日間、大量に作りましたが売れすぎてしまい、予想以上の黒字を出す事結果になりました。この時に作成したメニューは今でも、学食に採用され、人気メニューになっています。

庭野仁司は、四年間の多国籍料理店でのアルバイトを終え、卒業と同時に個人の建築事務所に就職しました。就職して三年の間、とてもやりがいがありましたが、どこか冷めている自分に気付いてしまいました。そんな時に、アルバイトをしていた多国籍料理の店が、店長の体調が思わしくないため、店を閉めるという話があり、それなら自分にやらせて欲しいと直談判しました。店長からオーナーに話を通してもらい、敷金、礼金、管理費などをオマケしてもらい。店内改装費を含めて100万程度でオーナーになる事ができました。

店長になり、収入は安定していましたが、夜だけ開店しているのが、どうしても家賃的にもったいないと考えた庭野仁司は、昼はお弁当を販売する事に決めました。前日に残った食材を利用して調理できるので、廃材のロスもなく、新たな顧客をつかむきっかけにもなりました。

庭野仁司は、建築士の経験から店内ディスプレイも凝ったものを作っています。多国籍ながらどこか懐かしいようなデザインのお店は、庭野のデザインによるものでリサイクルショップや海にある流木などを使ってリフォームしています。

庭野は、建築士も面白かったけど、直にお客さんの反応を得られる多国籍料理屋は、毎日刺激があり、この興奮を知ったら辞められなくなると語っています。毎月新しいメニューも登場するこの店は、これからも地元の方に愛されるお店であり、またそれを持続し素晴らしい店に発展すると思いました。

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