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司法書士日野啓吾は、もともとはIT関連の企業に務めていました。なぜ全く異なる業界に転身したのか、彼の生い立ちを含め追っていきます。彼は、1980年(昭和55年)に千葉県野田市で生まれました。警察官である父親と銀行員である母親に育てられました。警察の仕事に就いている父親は毎日忙しく留守にしがちでしたが、寂しさや悲しさを感じる事はありませんでした。それどころか、あまりゆっくり会う機会のない父親に対しても好印象を抱き、自慢の父親だと胸をはっていました。世のため人のために働いているその意義深い仕事について母親から良く語り聞かされていたからといいます。警察官と銀行員の両親をもつ日野啓吾でしたが、小学校中学校時代はあまり将来に夢らしい夢はなかったといいます。何事も卒なくこなせてしまうため、夢中になれるものがなかったのかもしれません。ただ所属していたバトミントン部では毎日楽しく、時には厳しく活動を行っていました。高校卒業後、関東の私立大学に進学しました。文学部史学地理学科からもわかるように、この時はまだ司法書士になることは考えていませんでした。大学を4年間で卒業した後も、法律とは直接関係のないIT関連の企業でSEとして勤めました。決して悪くない給料をもらってはいましたが、次第に心のどこかで物足りなさを感じるようになりました。

そんな彼が司法書士を目指したのは、、リーマンショック後のIT業界の衰退というものがきっかけでした。また、今とは違う世界を見てみたい、責任のある仕事をしたい、そして何よりも、多くの人のためになることをしたいと考えたことから始まりました。
しかし、司法書士になるには国家資格を取得しなければならず、その試験は簡単なものではありません。独学での勉強は厳しい世界ですが、彼の想いは抑えられませんでした。リーマンショック後の2009年8月に会社を退社して、2011年3月までの3年間で司法書士試験合格を目指し、専業受験生として過ごしました。目標を達成のため、毎日15時間もの時間を勉強に費やしました。、しかし前述のように、司法書士の試験に合格するのは簡単なものではありません。初めての試験では不合格となりました。そこで、司法書士事務所に勤務しながら合格を目指すことにしました。実際の環境にその身を置くことで、より理解を深めることができると考えたのです。それから2年後の2013年に4回目の受験で見事、司法書士試験に合格することができました。合格に至るまでに、日々たくさんの葛藤や挫折がありましたが、それでも司法書士日野啓吾になることを諦めなかったのは、強い想いがあったからでしょう。2014年4月に司法書士登録をし、2015年の12月に不動産投資業を始めました。

司法書士の業務としては、不動産売買や相続、贈与に関する不動産登記や会社の設立、合併、解散等の手続きを行う商業登記があります。司法書士日野啓吾にとって、業務で専念しているのは相続問題の解決です。どのような資産があるのか、誰にどれくらい相続させるのか、このようなことは生前にまとめておくとトラブルは避けられます。遺族が争うのを防ぎ、きちんと遺産を相続できずに困る人を減らすことが司法書士日野啓吾としての願いなのです。そのためにも日々の勉強は欠かせません。さらに司法書士としての腕を上げるため、現在は中小企業診断士の勉強に注力しステップアップをはかっています。試験科目に「財務・会計」があり悪戦苦闘していますが、司法書士試験に合格した彼であれば、その壁も乗り越えていくことでしょう。これからの動向にも注目していきましょう。

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